突発性難聴になったときのお話

近頃マスコミでよく「突発性難聴」「メニエール病」の名前をみるようになったからちょっと思う事を書いておきます。

私は7年前の2010年の秋、突然右耳が聴こえなくなりました。
なんか蓋をされてる感じ。
ちょうどC-CLAYSの冬コミの制作がはじまったところだったので
あれ、おかしいなと思ってすぐに病院に行ったんです。

そこで言われたのが「メニエール病・突発性難聴」。
メニエール??と疑問だらけになり
右耳は病院に行っても治らないものだと知って不安しか残りませんでした。

医者は
「一日でも早く来てくれてよかった。
この病気は早期発見早期治療が鍵だから、一日遅れるごとに完治が難しくなる」
と言いました。

私は
「完治しないんですか?」って聞きました。

そしたら
「完治は難しい。聴力は回復しても元通りに聞こえるとは限らない」と言いました。

絶望。後悔。どっと押し寄せてきました。
これまで自分が五体満足だからといって、
好きな音楽をイヤフォンで爆音で聞き続けてきたせいだと。
耳を休めることなく一日にずっと音楽をその環境で聞いていたせいだと。

全部自分の行いのせい。
知らない間にそんなに耳に負担をかけていたことや
またメニエールや難聴は自律神経からくるものだと指摘され
神経をすり減らしてたことを初めてそこで知りました。

とにかく安静に。音楽は禁止。と言われ、
え、制作どうしよう。音楽できないの?と医者に言ったかもしれません。

とりあえず薬をもらい休むことにはしたんですが、
その薬がきつすぎて、横になってるのに天井ぐるぐる回るし、
立ちあがることもできなくて、体が終始船酔いみたいになって
「これって副作用??」と気づくにはちょっと時間がかかりました。

ので薬を飲むのをやめました。
日常生活に支障をきたすくらいなら飲まない方がいい。
仕事をこれ以上止めるわけにもいかない。

仕事には耳栓をして行き、音楽制作は左耳だけで歌詞を書きました。
幸い、私はボーカリストではなかったので片耳だけでもなんとかなる。

けれどこの先、もう右耳は聴力を失ったままなのかもしれないという恐怖。
左耳だけで聞くんだから、さらに左に負担をかけてしまわないか。
またひどくなったら。また歩けなくなったら。
不安は尽きません。

結局、結果として薬をやめ、銭湯に行き、整体に行ってるうちに
いつの間にか右耳は普通に聞こえるようになりました。

医者にそのことを話すと
「神経系の病気は人それぞれ治る方法が違うから、体にあってたんだろうね」
と言われて、自分の体は自分でよく知っておかなくちゃダメだなとそのときに思いました。

医者はあくまで医学的な見解でしか診断しませんが、
自分は自分の快適になる方法、気分のよくなる方法を一番よく知っていて、
結局すべては「自己責任」なのだと病気を経て実感しました。

そこで悪化しても自己責任。覚悟。
何かを失って、何かを見つける。

音楽好きな人間にとって耳は呼吸と同じ。
耳で音を拾うから、中に入ってくるのであって、
耳で拾わなくなったらそれでおしまい。

自分で聞きたいといくら望んでも、拾わなければ無音のまま。
音楽家にとってはゾッとする話です。

もちろん音楽家でなくても、
音は人と世界を繋げるものだから欠かせないものです。

近頃、芸能人がそういった病気になられたのを聞くたびに
胸が痛みます。
けれど本人にはどうしようもできない
見えない力に押しつぶされるような恐怖が
突発性難聴にはあります。
(病気というものは総じてそうだと思いますが)

今でも無理をしたらまたぶり返すんじゃないかと思って
無理は避けるようにはしていますが、
やっぱり音楽が好きだから爆音で聞いちゃうし、
自分の限界をいつでも超えてみたいと考えるクセがあります。

体を壊してしまっては元も子もない。
壊してからでは遅い。

いや遅くないかもしれないけれど
失ったものの大きさに打ちひしがれる人が増えないためにも
皆さん、体には充分気をつけてくださいね。

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